去る人、来る人

お疲れ様でした。ゴリ山の全盛期は僕が中学、高校と一番部活に熱中していたころで、ろくに観戦もできなかったが、それでもわずかな機会であなたのゴールを目撃することができて幸せだったと思う。数々のゴールもそうだけど、その生き様のかっこよさ、サッカー選手としての佇まいはとてもカッコヨイ。

ありがとうございました。
パナは名古屋で引退するとは思ってなかったので、いつか来る別れをある程度覚悟していたけど、思ったより早くて残念。他チームのサポーターには、まるで赤い壁のように忌々しい存在に見えたと思われるが、名古屋にとっては「父親のように」暖かく厳しいDFリーダーであった。
彼との思い出は二つ。日立台('03名古屋戦)のゴール裏最前列で見た、後一歩のヘディングシュート。ピッチと同じ高さで見ていた自分は、まるで山の上から雪崩がやってくるかのような迫力あるヘディングにビビりまくっていた。
もうひとつは、02年10月17日の浦和駅福田正博・負けないよ伝説の始まりとなる試合であることなど露知らず、浦和駅でしょんぼりしていた自分は、駅ホームで名古屋の選手団と遭遇。改札口で拙い英語で語りかけてくる不審人物に対し、満面の笑みで「ガンバリマス!」と握手をしてくれたパナのことは忘れない。

日本サッカーの恩人ということで。
チーム消滅から地獄のJ2リーグまで、ここまで日本サッカーに深く根付いた選手はいただろうかと思う。長い足とフル回転する頭脳で、静かに、献身的に、横浜の、柏の、広島の、ひいては日本のサッカーを支えてくれた偉大な選手に心からねぎらいの言葉を贈りたい。
個人的には日立台('02名古屋戦)で見た、山口素さんとの壮絶な頭脳戦は今でも鮮明に記憶している。『サンパイオが現役生活の最後を向かえたのは日本』であることを、われわれは心から誇りに思うべきではないか。 

さすがに一年契約できるほど大分も資金があったわけではなかったか。古い海外サッカーのビデオとかを見ると、実にいろんな場面でこの選手を見かける(なんとイタリアW杯にも出てるではないか)ことが多くて、なんだかそれが嬉しい。小僧のサッカーファンは知らないだろうが、まだ髪が豊富にあったころのビチュヘは、それはもうメチャクチャかっこよかったんだぜ?ゲーハーのビチュヘだってかっこいいけどさ!
 

まだ見てない選手だけど、『大きな体を活かして中盤でドッカンドッカンボールを奪って、豪快なオーバーラップでドッカンドッカンシュートを打つ、ラテン系福西』みたいな選手を想像。
別に俺の想像はどうでもいいが、名古屋の中盤に活力を与えることのできる選手であって欲しい。